備忘録

日々考えたこと、頭の中の整理のために

せいさんは教授のお気に入りだから…という言葉から考えたこと

研究室の後輩から「せいさんは教授のお気に入りだから、せいさんみたいには出来ないからせいさんがやってください(意訳)」と言われたことがあります。

 

その時に覚えた違和感について考えてみたいと思います。

 

まとめる、こんな感じ。

・お気に入りは築いた信頼関係の結果

・信頼関係を築く過程を知らない人は気に入られている人だとしか思えない

・併せて、私の行動が自由で、お気に入り故に許されていると思われていた

・信頼関係と捉えられず、先生の趣味嗜好での贔屓と捉えられていた

 

 

 

 

 

表題の件を言われたのは、修士2年生の10月か11月頃です。

 

「せいさんは、先生に好かれているからせいさんみたいな人がやったほうがいいと思ったんです」

「せいさんは先生のお気に入りだからできるけれど、私は出来ないと思うんです」

 

 後輩が「できなくて」わたしが「できる」理由として、「お気に入り」が挙げられたわけです。

 

「お気に入りだから」という理由にとてもモヤモヤさせられました。

 

当時の現状だと、私は確かに「お気に入り」だったと思います。

教授とはよく話すし、良好な関係を築いていたし、研究分野も教授の関心と近かったため熱心に指導して頂いていたと思います。

それは、自他共に認めるところでした。

 

しかし、後輩から、自分ができない理由に使われると強烈に違和感がありました。

 

"最初からお気に入りだったわけじゃない"とか"私がお気に入りにしてと頼んだわけじゃない"とかそんな気持ちでした。

 "お気に入りになったのに…"という思いが強かったです。

 

落ち着いて言語化すると、私がアプローチを工夫した結果、時間をかけて、先生がお気に入りと認定した、そういう気持ちがありました。

お気に入りに見えたのは、私が先生と築いた信頼関係なのに、なぜ後輩ができない理由に使うのだろうという気持ちでした。

 

お気に入りだから、という言葉ではお気に入りという事実のみを捉えており、あたかも最初からお気に入りだったかのように思えます。

実際、後輩はそう思っていたのでしょう。

 

私は努めて関わった結果の信頼関係がお気に入りとして表れたと思っているため、その努力を無にしているかのような後輩の言葉にモヤモヤし違和感を覚えたということです。

 

そして、最初から「できた」わけではないのにもかかわらず、自分は努力する姿勢を見せない後輩が言うのか!と思ってモヤっとしました。

 

教授って、癖があるんですよね。

人によって癖は違いますが、1つの分野について飽くなき探求を抱き続けられる人って、やっぱり自分を持っている人が多いため、概して癖は強いと思います。

 

その癖がある人と良好な関係を結ぶために、傷ついたり、憤ったり、いろいろと体力と精神力を使いました。

 

どう言えば正確に伝わるのか、

どう言えば的確に指導してもらえるのか、

どう受け止めたらいいのか、

 

などなど…。日々、いかに教授と正確なやり取りができるのかを考えていたと言っても過言ではありません。

その積み重ねが、「お気に入り」に見えるほどに信頼関係です。

 

ただ、その積み重ねの期間を知らない人からしたら築き上げた信頼関係とは思えず、「お気に入り」と見えてしまうのでしょう。

 

そして、おそらくわたしの態度にも原因はあったと思います。

 

研究室でとても自由に過ごしていたんですよね。

遅刻したり、早退したり…。

先生にお菓子あげたりもらったり…。

レジュメがない時もあったかなと…。

もちろん考えているし、研究はきちんとしていたし、それは先生も理解していたと思います。

 

その行動があったために、お気に入りと思われたのでしょう。

 ちなみに、この行動もお気に入りになる前からだったのですが…過程を知らない人はその点も知らないのでしょう。

 

お気に入りになるまで築き上げた信頼関係が、信頼関係と思われずお気に入りという言葉に収まってしまったのは、私の態度にもあったと思います。

 

こう思うと信頼関係に見えずに、自由に振舞っているのに許されている人と捉えられても仕方がないと思います。

 

反省するとともに、人からの目線って勉強になるなと思いますね。

 

なんかまとまらないけど、個人的にはすっきりしました!